เข้าสู่ระบบいつもどおり出社し、書類の確認や会議の準備を進める。 仕事に支障はない。日常は何ひとつ変わっていない。それなのに、気づけば湊のことを考えていた。 颯真と会うと言っていた湊は、どんな時間を過ごしたのだろう。何を話し、どんな気持ちになったのか。 気になっている。 だが、俺から訊ねるつもりはなかった。 湊自身が考え、答えを出すべきことだ。上司である俺が、必要以上に私的な関係へ踏み込む理由はない。 そう結論づけたところで、湊が出社してきた。「おはようございます」 「ああ、おはよう」 いつもどおりの挨拶を交わす。 湊は自分のデスクに向かい、資料を整理し、必要な連絡を取っている。見たところ、普段と変わった様子はなかった。 それを確認して、ほっとした。(……なぜ、ほっとしたのだろう?) 湊がいつもどおりに仕事をしている。それだけのことだ。特別な理由などないはずなのに、胸のつかえが取れたような気がした。 その後も湊と話すたびに、つい表情や声の調子を確かめてしまう。 颯真とのことを訊ねれば、気になっている理由のひとつは解消されるかもしれないが、何を知りたいのかと問われれば、うまく説明できなかった。 湊が颯真にどんな返事をするつもりなのか。それとも、会って何を話したのか。 考えてみても、どこまで知りたいのか、自分でもはっきりしない。 ただ、気になっている。 それ以上の言葉が見つからなかった。(……俺は、ほかの社員に対しても、こんなに細かく様子を気にしていただろうか) ふと、そんな疑問が浮かんだ。 すぐに答えは出なかった。 湊の選択を尊重するべきだ。それは分かっている。 だから、余計なことは訊ねない。いつもどおりに接すればいい。 そう自分に言い聞かせ、俺は再び手元の書類に目を落とした。 *** 智臣と顔を合わせるたび、なんとなく落ち着かない。 何かが変わったわけではない。 いつもどおり挨拶をして、仕事の話をして、必要があれば相談する。智臣の態度も、これまでと何ひとつ変わっていなかった。 それなのに俺のほうが少しだけ、彼を意識してしまう。 原因に心当たりがないわけではなかった。 先日、颯真さんから告白されたことを、智臣に相談した。 真剣に話を聞いてくれたこと。俺の気持ちを尊重するようにと言ってくれたこと。 あの
俺からの連絡を受けた颯真さんは、会える日時をいくつかメッセージで送ってくれた。『湊くんが話をしたいと誘ってくれたこと、嬉しかったよ。でも、返事を急かすつもりはないから、心配しないでね』 そんな言葉が添えられていた。 俺は提示された日程の中から、休日に合わせて都合のいい日を選び、待ち合わせの日時を決めた。 約束の日。駅前で待ち合わせた俺たちは、颯真さんが勧めてくれた喫茶店へ向かった。 アンティーク家具が置かれた落ち着いた雰囲気の店で、俺たちは向かい合って席に着く。 注文した紅茶とスコーンが運ばれてきたところで、颯真さんが姿勢を正した。「メッセージにも書いたけど、返事は急がなくていいからね。湊くんが自分の気持ちを整理できるまで、僕は待っているつもりだよ」 「颯真さん……」 「最初は、君と直接話すこともなく、縁談を断ってしまっただろう?」 颯真さんは、少しだけ視線を落とした。その横顔に、かつての自分の判断を悔やむ気持ちが滲んでいるように見えた。「でも、こうして湊くんと直接会って、言葉を交わして、一緒に過ごす時間を重ねるうちに、君自身を知りたいと思うようになったんだ。それがいつの間にか、恋愛感情に変わっていた」 そう言って、颯真さんは顔を上げた。 自分の気持ちを伝えるときには、きちんと相手の目を見て話してくれる。そんな何気ない仕草にも、彼の誠実さを感じた。 俺は颯真さんと一緒にいると、無理に自分を取り繕う必要がない。気負わずに話せるし、自然体でいられる。 その心地よさは、今も変わらなかった。「ありがとうございます。俺の返事を待ってくれるだけでもありがたいのに、こんなふうに気遣っていただいて……」 「そんなに、かしこまらなくてもいいよ」 颯真さんは苦笑した。「僕がそうしたいから、そうしているだけなんだから」 本当に優しい人だと思う。 けれど、その優しさに甘えて、感謝や安心感だけで恋人になることを決めてしまうのは違う気がした。 いつか自分の気持ちに、嘘をつくことになるかもしれない。何より、誠実に想いを伝えてくれた颯真さんに、曖昧な気持ちのまま応えたくはなかった。「俺……颯真さんのことは、大切に思っています。でも、それが恋愛感情なのか、今はまだ分からないんです」 言い終えると、胸の奥がきゅっと締めつけられた。 颯真さんは一瞬だ
颯真さんから告白された翌日、俺は仕事をしながら、何度もその言葉を思い返していた。『僕は、君のことが好きだ』 真っ直ぐに告げられた言葉には、迷いがなかった。以前の縁談を断ったことへの後悔だけではなく、今の俺自身を見て、気持ちを伝えてくれたのだと分かっている。 颯真さんはとても優しい。俺の考えを尊重してくれるし、一緒にいても無理に自分を取り繕う必要がない。隣にいると自然と肩の力が抜けるし、穏やかな時間を一緒に過ごすことについても、心地よいと感じている。 だからこそ、簡単に答えを出せなかった。 颯真さんを大切に思っている。それは間違いない。 けれど、その気持ちが恋愛感情なのかと聞かれたら、今の俺には確かな答えがなかった。 智臣さんに相談したことで、頭の中は少し整理できた。相手を傷つけないためだけに答えを決めるのではなく、自分がどうしたいのかを考える。智臣さんの言葉は、俺が見失いかけていたものを思い出させてくれた。 曖昧な気持ちのまま返事をするのは、颯真さんに対して誠実ではない。 すぐに答えを出すことはできなくても、今の自分の気持ちと、これから考えるための時間がほしいことは伝えられるはずだ。 俺はスマートフォンを手に取り、颯真さんの連絡先を開いた。 メッセージの入力欄に言葉を打ち込んでは消し、しばらく画面を見つめる。文章だけで伝えるより、会って話したほうがいい。 そう決めて、俺は短いメッセージを送った。『颯真さん、少しお話ししたいことがあります。お時間をいただけませんか』 送信したあと、胸の奥に緊張が広がった。 それでも、逃げずに向き合うと決めたのは俺自身だ。 颯真さんからの返信を待ちながら、俺はスマートフォンを伏せ、目の前の仕事に意識を戻した。 *** 書類に目を通し、必要な指示を出し、午後の会議に向けて資料を確認する。 普段と何も変わらない仕事のはずだった。 それなのに、ふとした瞬間に湊のことが頭をよぎる。 昨日、湊は俺に相談してきた。兄さんから告白されたことも、自分の気持ちが分からないことも、包み隠さず話してくれた。 信頼できる相手だから、相談した。 それだけのことだ。 俺は書類に視線を戻した。 湊が俺を頼ってくれたことに、特別な意味を見いだす必要はない。相談を受けた以上、できる限り冷静に助言するのは当然だ。
以前、颯真に話していた、行ってみたい場所のひとつ。週末の休日、俺は約束どおり水族館へ出かけた。 二人で薄暗い通路をゆっくりと歩く。大きな水槽の向こうで魚たちが泳ぎ、照明が水の揺らぎを柔らかく映していた。「颯真さん、このクラゲ、光り方がきれいですね」 「ああ。落ち着くね」 颯真さんは俺の隣で足を止め、水槽を眺めた。 俺から話しかければ穏やかに耳を傾け、無理に話題を広げようともしない。 気を張らずに話せる空気が、そこにはあった。仕事の上下関係も、これまでの複雑な事情も、今だけは脇に置いておける。 俺は、颯真さんと過ごす時間を心地よく感じていた。 しかし帰り際、水族館の出口近くで、颯真さんは歩みを緩めた。「湊くん」 そっと呼びかけられ、俺は足を止めた。 颯真さんは真っ直ぐに俺を見つめる。「僕は、君のことが好きだ」 目が合った瞬間に告げられた突然の告白に、俺は言葉を失った。 颯真さんが俺を大切にしてくれていることには、気づいていた。以前の縁談を後悔していることも、最近の言葉や態度から薄々感じ取っていた。 それでも、まさか本当に告白されるとは思っていなかった。「……颯真さん」 「返事は急がなくていい。君自身の気持ちを、ゆっくり考えてほしいんだ」 颯真さんはそれ以上を求めず、静かに微笑んだ。 俺は、ただ頷くことしかできなかった。 帰宅後も、告白のことが頭から離れなかった。 誰かに相談したい。けれど、この話を誰にすればいいのか分からない。友人に話すほど気軽な内容でもなく、九条家に伝えれば、大騒ぎになるのは火を見るより明らかだった。 迷った末に、俺の頭に浮かんだのは智臣だった。 なぜ、真っ先に智臣を思い浮かべたのだろう。 冷静に話を聞いてくれるからだろうか。きっと感情に流されず、俺の話を整理してくれるはずだ。 そう考えれば、相談相手に選ぶ理由としては十分だった。 翌日、仕事を終えた俺は、意を決して智臣の執務室へ向かった。 *** 「社長。少し、ご相談したいことがあるんですが……」 いつもとは違う湊の様子に、俺は手を止めた。「何だ?」 湊はためらいながらも、言葉を選んで話し始めた。「……昨日、颯真さんに告白されたんです」 俺の思考が、一瞬止まった。 颯真が湊に好意を抱いていることには、薄々気づいていた。食事会での
仕事を終える頃、外はすっかり雨になっていた。 窓ガラスを叩く音が、オフィスの静けさの中ではっきりと響く。 俺は手元の資料を片付けながら、ふと窓の外を見て息を飲んだ。天気予報を確認していなかったことに、今になって気づいた。 傘は持ってきていない。いつもなら駅まで走ってしまおうかとも考えるが、見るからに雨脚は強い。このまま外に出れば、足元まで濡れてしまいそうだった。 ひとまずエントランスのロビーで、雨が弱まるのを待つことにした。 カバンを肩にかけ、出口へ向かおうとしたときだった。「湊」 呼ばれて振り返ると、智臣がこちらに歩いてくる。「傘は持っているのか」 「……いえ。今日は持ってきていません」 「そうか。なら、送っていく」 思いがけない申し出に、俺は目を見開いた。「いいんですか? 社長の方こそ、お忙しいでしょうし……」 「気にするな。車はすぐ出せる」 いつもと変わらない淡々とした口調だった。 それでも、わざわざ声をかけてくれたことがありがたく、俺は頭を下げた。「……ありがとうございます」 *** 俺は湊が傘を持っていないと知り、車で送っていくことにした。 雨が強いのだから、車で送ればいい。それだけのことだ。 そう考えていたが、湊がまだ帰っていなかったことに、どこか安堵する自分もいた。 なぜそう感じたのかは、よく分からない。 車に乗り込み、ワイパーの音が規則正しく響く中を走り出す。 最初は、仕事の話が少しだけ続いた。やがて話題が途切れたが、車内に気まずさはなかった。 ふと、先日の食事会で湊が話していたことを思い出す。好きな料理のことや、以前から行ってみたいと思っている場所のこと。 それらは仕事の話をしているときとは違う、湊の一面だった。「そういえば、最近は何の本を読んでいるんだ?」 湊は少し意外そうに俺を見た。「今は、現代物の小説を読んでいます。登場人物の考え方が、少しずつ変わっていく話で……」 「そういう話が好きなのか?」 「はい。最初は分からなかった相手のことが、少しずつ分かっていくところが好きなんです」 その答えに、俺は短く相槌を打った。 最初は分からなかった相手のことが、少しずつ分かっていく。湊は、そういうところに惹かれるらしい。「最近、気になっていることは何かあるのか?」 問いかけてから、
「君自身の意見も聞かせてほしい。率直に話してくれないかな?」 一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。「そうですね……個人的には、価格を下げすぎず、サポートの質で差別化する方が長期的には有利だと思います。競合に合わせて値下げをすると、既存の顧客層との整合性が取りにくくなる恐れがあります」 「なるほど。確かに、その視点は必要だね」 颯真さんはすぐに結論を出すことなく、もう一度資料に目を落とした。「その方針なら既存の顧客を大切にしながら、新しい層にも訴求できそうだ。参考になったよ、湊くん」 「いえ。まだ検討の余地はあると思います」 「だからこそ、君の意見を聞きたかったんだ」 穏やかな言葉に、俺は少しだけ肩の力を抜いた。 一方、智臣は次の項目へと話を進めていた。「想定コストは、前回の試算通りで問題ないか」 「はい。人件費については、少し余裕を持たせています」 「リスク要因の洗い出しは?」 「競合の価格改定と、想定外の需要増に対する対応力が主なものです。後者については、段階的な人員配置で対応可能と判断しています」 智臣が必要とする情報を、俺は先回りして用意する。智臣もまた、俺の説明から次に確認すべきことをすぐに引き出していく。 長く一緒に仕事をしてきたからこそ、言葉にしなくても通じる部分があった。 颯真さんはそんな俺たちのやり取りを、間近で静かに見ていた。「二人とも、ずいぶん息が合っているんだね」 「仕事ですから」 智臣は淡々と答えた。「そうだね」 颯真さんはそれ以上何も言わず、柔らかく微笑んだ。 俺は再び資料に目を落とした。仕事の話をしている間は、余計なことを考えずに済む。 けれど食事が進むにつれて、最初に感じていた緊張は少しずつ薄れていった。 颯真さんは、俺が以前に話した好みを覚えていてくれる。智臣は、日々そばで働く中で知った俺の癖や変化に気づいてくれる。 二人とも、俺のことをよく見てくれている。そのことを、素直にありがたいと思った。 だからこそ、どちらか一方だけを特別に意識するのは違う気がした。 俺はそう考え、手元の皿に視線を戻した。 そのとき智臣が箸を伸ばし、一品を俺の小皿へ移した。「これ、好きだろ」 思いがけない言葉に、俺は顔を上げた。「……社長、覚えていたんですか?」 「何をだ?」 「俺がこれを好きだ